わたくしの誕生日

2022年2月22日お知らせ

あいこさんにはゼンハイザーのヘッドホンを買ってもらいました。誕生日が近づいたある日、誕生日プレゼントが思いつかない様子の彼女に自分から「これが欲しい」とAmazonのページをメッセージに貼り付けてお知らせしました。金額も内容も丸わかりのプレゼント。わたくしの好みは彼女からも難しいようで、このように明示して落とし所を得ました。

若い頃、わたくしは誕生日プレゼントに贈られた品物を「これじゃないんだよなぁ」と相手に戻して商品を交換したことがありました。相手はあいこさんではありませんが、その時も「だったら自分で選んでよ」と喧嘩になりました。わたくしは「これが欲しい」とあからさまに伝えることが欲どしい気持ちになるので嫌いです。しかし「だったら選んでよ」という相手の言い分はごもっともです。

わたくしは「何が欲しい?」と尋ねられた時、「何が欲しいかを当てて欲しい」気持ちが芽生えてしまいます。相手が自分をどのように見ているのかを知る機会ですし、その人のセンスも分かります。「何が水谷啓郎を喜ばせることなのか」を考えるヒントこそ、会話や日常のやり取りから読み解き獲得して欲しいと思ってしまいます。しかし多くの場合、「あなたは難しい」と嫌われてしまいます。

わたくしは48歳にもなったので、欲しいと思う物は自分の力で買えるようになりました。わたくしの好みを当てることは難しい様子でしたから、「ヘッドホンのこれが欲しい」とあいこさんに伝えました。「Amazonでの買い物方法を知らないから買ってもらっていい?お金を払いますから」と告げられた時、「最早、買うことや用意することは「プレゼント」に入らないのだな」と寂しくなりました。

Amazonでの買い物ができなければ友人知人に尋ねて身に付けたらいいのに。いい機会だからこれをきっかけにネットでの買い物環境を理解したらいいのに。そんな気持ちがここには見当たりませんでした。わたくしはこんなことで揉めたくないので「そうしよう」と自分でヘッドホンを購入しました。商品は素晴らしく、毎日愛用しています。「このヘッドホンだよ」とプレゼントを報告し、感謝の気持ちを伝えました。後日、封筒に「お誕生日おめでとう」と書かれた茶封筒をもらいました。

あいこさんは不器用です。うまく立ち回る事や根回しなどとは縁がない人です。この社会にあって、その不器用さはキラリと光ります。とてもまれで、大切なもののように思っています。物事を曲げて考えられないし、厳しい正義もあります。「実直」とは彼女のような人物を指すと思います。わたくしは彼女の誠実さを尊敬しています。自分の好みははっきりとしていて、フランスにまでケーキを食べるために渡航できる大胆さも持っています。

あいこさんを困らせているのは、わたくしの難しさです。15年も一緒に過ごしていますが、わたくしの好みを言い当てることは至難の業と見えます。しかしわたくしは、「気持ちの表明」が欲しいだけなのです。実は、「何かの商品」ではないのです。「何が欲しい?」と尋ねられるから「商品」であるような解釈になります。わたくしはあいこさんの誕生日にも、かの子さんの誕生日にもプレゼントに添えて手紙を書いています。

以前、友人と話していてこの話題になった際、「気持ちの表明が難しいから商品の希少性などの力を借りるんだよ」と諭されたことがありました。商品の希少性は「滅多にないもの」「手にいいれることが困難なもの」というメッセージを含み、それが「あなたのことを大切に思っている証明」としての効果を持つという話です。「かぐや姫」の論理です。この論理は意味が転じて、「高額な商品」との解釈を生み出して「貢物」として風俗界でも活用されています。

わたくしは娘のかの子さんとの話の中で「手紙が欲しい」と伝えています。かの子さんに向けた言葉は、あいこさんにも伝わったと思っていました。「お父さんはキミからの手紙が欲しい」とはっきりと伝えています。これは「キミたちからの」というメッセージのつもりでした。いつもは面と向かって伝えにくい気持ちを手紙にしてもらいたい。一年に一度の誕生日にだけ、それをねだらせて欲しい。わたくしへの眼差しがどういうものかを開けっぴろげて見てみたい。小っ恥ずかしさや照れ臭さを一年に一度だけ、我慢して手紙にしたためて欲しい。

この手紙があれば、わたくしはその気になるのでちょろいもんです。家族に尽くすことなど何でもない気持ちになれます。家族がわたくしをどのように見てくれているのかの表明が欲しい。誕生日にくらい、それを知りたかったのです。「いつも感謝しています」は伝えられなくても分かっていますが、改めて伝えられたい。それで報われます。

このことは性別に関わらず、家族にはよくある出来事と思っています。妻と夫の関係。親と子供の関係。血縁関係は無条件に成り立っていると錯覚してしまうので、「言わなくてもわかるだろ」的な雰囲気を持ちがちです。ですが、はっきりと、これだけは言いたい。言わなくても分かることも重ねて伝えることが必要です。断言したい。わたくしは決して譲らない。ポジティブな感情を伝える事に躊躇などいらないと思いませんか。

わたくしは人付き合いを重ねる中で、自分が都合よく使われる経験を嫌というほどしてきました。仕事柄、都合よく仕事を頂けることはありがたいのですが、延長線上に私的な「願い事」が届く事があります。わたくしは何事も手を抜きませんから、わたくしが都合よく映ることは否定しません。「乗っかる」という思惑を馬鹿なフリをしてこなしてもきました。友人を作りにくいのは、仕事とプライベートの色分けがほとんどできない事によります。

立場として、このままで構わないと思っています。わたくしは自分の気持ちが向くところでしか仕事をしませんし、出掛けても行きません。売り上げの獲得以前に、それがあります。はっきりしていることは、「都合だけいいのはゴメンだ」ということです。自分の役割をきちんとこなしたいです。家族にとってわたくしは都合のいい存在でいたい。だからと言って、「都合だけいい」のは嫌です。

昨夜は、一向に何のアクションも見せない家族へ遠回しに嫌味を言う形で「報われていない気持ち」を伝えてしまいました。「ケーキもないし、外食の計画もない」などとネチネチと言うわたくしに、あいこさんは堪忍袋の緒が切れて怒りました。わたくしはクルマの中で「二人からの手紙が欲しかっただけよ」とポツリ、言いました。

日常なら、家族を送ってから街へ飲みに行くところです。こういう時の酒場とお酒の力は偉大です。腐った気持ちを酒を浴びて洗い流す。そのために酒場はあります。しかし現状はコロナ禍による制限下です。営業しているお店も知っていますが、気が引けてしまいます。紙屋川で作業をしながら帰路に着く気になれず、ビジネスホテルを予約しました。「誰かに整えてもらったものを利用したい」気持ちでした。

日頃、するばかりの役回りですから誕生日あたりくらい、される側になりたい気持ちがありました。出かける計画も、外食する店も、プレゼントの内容も、楽しくなるきっかけも、大袈裟でなくていいので眼差しをもらいたい。わたくしの好みがどんなに難しかろうと、どんなに間違っていようと、堂々と「これを用意しました」と見たかったのです。毎日の食事も自分で作ることが多いわたくしは、誰かが作った料理を食べたい気持ちになります。期待外れのこともありますが、それとこれとは話が別なのです。

あいこさんにはホテルに泊まることをメッセージしました。ビジネスホテルには変わった中年客も多くて、ちっとも楽しくありませんでした。大浴場ではろくに身体も洗わずに浴槽でジャバジャバ頭を洗う高齢者がいるし、朝食は食器の音を立てながら何度もため息を吐きひたすら食べる中年がいるし、「日本のダメな部分をまとめました」というような有様でした。部屋だけは少し広くて良かったのですが、暖房が空気を乾かして息苦しい始末でした。館内の自販機で買った一番搾りを飲んで寝ました。

朝、家に帰り身支度をして出る時にわたくし宛の手紙があることに気付きました。「わー!手紙じゃん!後で読もうっと」と言って受け取り、出勤しました。封筒にはかの子さんとあいこさんからの手紙がありました。おねだりして良かった。お願いしてでも欲しかった手紙です。わたくしは一読してから、お店の準備に入りました。わたくしの誕生日がここにありました。今日も頑張れそうです。