サインの出現

2013年6月5日手記

ここのところ、イルピアットは空席があったりで静かな日々でした。昨夜は久しぶりにバタバタと忙しくさせてもらい、作業が多く時間にゆとりはありませんでしたが、気持ちのよい一日でした。忙しいに尽きるなぁ。静かな展開だと気持ちまで静かになって、思考まで停滞します。そんな時に考えることなんていいことは少なくて、沈んだ気分になるものです。

ブログへのアクセス数も昨日は落ち着いて、普段に戻ったかなと思います。いろいろなプランに無理がある時は、何かしらのサインが与えられている気がします。夜の終了を決める少し前まで、私はお店に拡張を考えたりもしていました。イルピアットに隣接する北側の小さな部屋を借りて、イルピアットを拡げようとプランを練っていました。しかしそれも、コストとタイミングが合わず結局は諦めてしまいました。

考えてみると、そうでなければならないという思考の下で無理なプランを練っていました。行き着いた先には疲労感しかなく、嫁さんに強く職場復帰を促したり、神経がピリピリしたりと、色々なバランスがギシギシと軋むのが分かりました。そうした違和感の中で辿り着いたのが、何のために働いているのかというシンプルな問いでした。一度、整理して考えてみよう。そしてその結果、夜の営業を辞めようとなりました。

夜の営業を辞めたらどうなるかのシミュレーションは、先日にもお話しした通りです。家族時間が増える、自分の勉強もできる、そこから新しい感覚を手にできるかもしれない、ポジティブなことばかりがイメージできました。もちろん、そこに至るまでには業者Rさんの助言など背中を押してくれた言葉もありました。お店を拡張するプランの時とは違い、とてもスッキリした気分になれたことを覚えています。

夜営業を辞めると宣言した朝。嫁さんは「スッキリした面持ちで話していたから、安心した」と言ってくれました。なるほど。疲れていたのだなと、振り返りました。上手く行かない時は何かの歯車か選択かが間違っているものです。そして最近も。先週は9月からのイルピアットの事ばかりを考えていました。ランチのシステムから派生できるビジネスプランを貪欲に考え続けていました。まだ始まってもいないのに?こういう先走った思考の時は大体、上手くまとまりません。

上手くまとまらないプランにも未来はあるはずですが、いま取り組むべき事でない時には何かしらのサインが現れます。イルピアットの営業が静かだったり、ブログへのアクセス数が急伸したり、違う方向からのアドバイスがあったり、逆に、まとまらないプランを絶賛されたりと本当に様々です。サインの出現に気付けるかは大きな分かれ道ですが、大体の場合、疲れてきて上手く運ばなくなって気付きます。考えが堂々巡りをして、身の丈に合わない思索を繰り返した結果に「まだ早い」と気付けるのです。

いかんせん不器用な話しですが、サインはきちんと理解してゆきたいと思います。とにかく、先を欲張って考えないこと。今できることを精一杯重ねることでしか、日々は積み重ならないのだと実感します。しかし浮き足立つと、我ながら驚く程にサインが出現するなぁ。やれやれ。もう少し器用になりたいものですが、なかなかですね。